2012/07/17

みなさま3連休をどのように過ごされましたか?
広島は何事もなく平常でしたが、九州方面ではかつてない大雨が降り、
各地に甚大な被害をもたらせました。
どうしたのでしょうか?
どうかしていますね!地球はどうなったのでしょうか?
かつてない異常な気候を憂えています。

妹夫婦が親戚を見舞いに帰省しましたので、
母のお墓に詣で、お寺に夏の挨拶をしてきました。





お墓に詣ると自己満足でしょうが、すっきりしますね。


八重のクチナシの花も綺麗です!
お友達に頂いたゴールドバニーに、
今年も花が咲きました。

金太郎の甘えた振りを見て下さい!
特に足を!

ハレーキンも咲きました。



さて、妹達と墓参りをする計画の早朝に、
大きな犬が庭に侵入してきたので、金太郎が吠え、
みなが一斉に起きてしまいました。


小さい金太郎が、大きな犬に吠えかけ
勇猛果敢に戦いましたが、
相手は飼い犬でしょうか、
シッポを振り振り友好的でした。
                       これでは戦いにはなりませんね。
悠々と撤退して行きましたが、
はてさてどこの犬だったのでしょうか?
人騒がせな朝の出来事でした!

金太郎の騒ぎで、寝不足気味で被害甚大でした!

ともあれ、我々の平凡な3連休が更けていきました。



みなさまにお知らせです!

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2012/07/13

6月に日本のペインターの方々とペンシルバニアに行きました。
勉強の旅でしたが、1日をアーミッシュの人々のマーケット見物に費やしました。
ムービーが出来ましたので、アップしてみます。






アーミッシュの人々だけのマーケットではなく、
一般の人も参加しているマーケットでした。

毎日は行われていません。


アーミッシュの人の帽子は独特です。


ここはパンやさんです。



カントリーなテーストのショップもありました。







動物の競りをする市場の入り口に、アーミッシュの子供達がいました。



若いお父さんと子供です。
オークションの入り口です。動物がどんどん運び込まれて競りにかけられます。

ルーツ・アニマル・オークションという動物を競りにかける市場がありました。
テレビで見たことがある日本の;競り;と同じに感じました。

にわとり、うさぎ、やぎなどがどんどん運ばれて競りにかけられていました。
売り手と買い手の駆け引きで、売値が決まるのでしょう。

ペインターのツルーサさんが今年の冬からアルパカを飼うと言っていましたが、
このような市場で競り落としたのでしょうか!
アルパカを飼うなんて!聞いてびっくりしました!


ともあれ、アーミッシュの人々は、
このマーケットで、自らが生産したものを売り、
生活の資金を得ているようです。
現在も牛や馬を使って農耕をしています。
ジャムや、パン、シュー・フライ・パイも売っています。

彼らがこの文明の中でどのようにアイデンティティを維持していくのか?
興味津々です。

百聞は一見にしかず、;旅;は良いですね!
帰りましたが、また、何処かへ行きたいです!


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2012/07/11

梅雨の谷間のような天気が続いていますネ。
みなさん、体調はいかがですか?
休みの日に雨が降っていたら、
掃除、洗濯に身が入らないのは私だけでしょうか?
みなさんはどうですか?

さて、村も夏を迎えました。
稲は相当大きくなって来ましたよ!

ヒメジオン、イタドリ、ねこじゃらしなどなど、雑草が一杯です!

栗が実を付け始めました。秋の準備に入りました!


散歩道の色とりどりのあじさいが、
気分を穏やかにしてくれます!



 いつもの散歩道!長閑ですね!


男の子ですね!



散歩道から見える我が家です!高いところにあるのが分ります!


ともあれ村はこのところの大雨にも無事です。
何事もなく、平和に毎日が過ぎています!
ぼんやりしていると世の中の変遷に取り残されるような地域ですね!

今日は、私達と金太郎の住む村の近況でした!

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2012/07/10

アメリカで造園の仕事に就いているボーイフレンドがいます。
アメリカでは篤実家が寄付行為をよくするので、
しばしば日本庭園をつくる機会に恵まれています。
最近では日本の庭園がヨーロッパでもアメリカでも人気を呼んでいるそうです。
彼の仕事も忙しい様子です。


日本の伝統文様を継承し活用する会 提供
アメリカミズリー植物園の日本庭園


日本の伝統文様を継承し活用する会 提供
ニューヨークにつくられた日本庭園


 

日本の伝統文様を継承し活用する会 提供
シカゴにつくられた日本庭園


 何度もアメリカに行く中で、自然に;日本;を見つめるようになりました。
高校生の時には日教組の勢力が強く;自虐な歴史観;を植え付けられましたが、
現在ではその自縛もとれ、真っ正面から日本を見ることができるようになりました。

石庭で有名な禅宗の龍安寺は、今から600年も前に建立されたものです。
枯山水の庭を見ていると、
600年も前に行きていた人々の;美意識;の高さに驚嘆します。
;禅宗;の教えにも通じるのでしょうが、
とことん要らないものを排除した、
根こそぎそり落とした後の潔い;美;というのでしょうか……。

私には計り知ることに出来ないいにしえの人の仕事です。
感服します。

こうして日本の庭園の写真を見ると、
無言のうちに感じる背景の奥深さ、
深淵に誘われると表現するのが良いのでしょうか、
まさに;神;を感じます。

お花とワンコたち、とハンドメイドさん 提供 龍安寺の石庭

さんでー・さいれんす・ぶるうすさん」 提供
龍安寺





はてさて、私の関わる Decorative Painting はヨーロッパから齎されたものです。
文明開化の夜明けと共に、日本は;欧米に追いつき、追い越せ;をスローガンに
精一杯走ってきました。

私達もこの業界で突っ走ってきましたね。
私の中の;日本;とPainting をどのように関わらせていくか?
これが今後の課題です。

明治の日本人が対峙して苦闘したもののすべてを、
私達は引き受け、次の世代に継承していかねばと思います。

もっと身辺をみつめること、そういう作業をしていきたいと、
そう思うこの頃です。

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2012/07/07

先日、ジャポニズムに付いて簡単に触れました。
FB でオーストラリアの画家、グスタフ・クリムトも日本に興味を示していたのですね、
というコメントをいただきました。

20世紀の初め、オーストリアでも、フランスの印象派と同様に、
保守的な芸術家集団との離別する集団が形成され、クリムトもその一員でした。
動くジャポニズムである川上貞奴がウイーンで公演した際も、
クリムトは2回も観覧したと記されています。
彼の作品で金箔を使用したものがありますが、これは日本の影響です。
ゴッホは実際に浮世絵を描いています。
また、モネは浮世絵のコレクターでもありました。

私は浮世絵の影響は、アウトラインにあるように感じています。
ミュシャの絵にそれを感じます。
また、藤田嗣治の画風の変遷にそれを垣間みます。
私達が描く Dalarna のスタイルは、
オブジェクトのすべてが、アウトラインで描かれます。
何か関連するものがあるのではないかとも思っています。
これについては今後研究していこうと思います。



日本の伝統文様を継承し活用する会より引用

ここは名古屋市の東区です。
日本の女優第一号の貞奴の居住していた和洋折衷の建物を、
創建当時の建物に移築復元したものだそうです。
川上貞奴関連の資料が展示されています。
川上貞奴は音二郎亡き後、福沢桃介さんと事業を展開し、
共にこの地で暮らしたそうです。
残念ながら5時までが開館なので、今回も見学が叶いませんでした。
前日ゆっくりできる日に必ず見学したいものです。
残念なので写真を撮りました。




貞奴さんはヨーロッパにジャポニズムの伝道者として影響を与えましたが、
彼女はまた逆説ですが、ヨーロッパに影響された人でもありました。
この家にはソファーやステンドグラスが取り入れられ、
ハイカラな生活をされたようです。
文化はそれぞれの国に影響を与えますね。



http://www.futabakan.jp/

クリムトはもちろん、アンドレ・ジイド、パブロ・ピカソ、
イサドラ・ダンカン、サラ・ベルナール、
プリンス・オブ・ウエールズ、チャーチルなど、
世界が彼女を日本の;美術;として賞賛しました。



日本の伝統文様を継承し活用する会より引用


日本の浮世絵に関心を示した最初の人は、
オランダの医師、シーボルトで、
彼はたくさんの日本の漆器、相撲絵、磁器、木金工品などを
母国に持ち帰ったそうです。
これが、シーボルト博物館の基礎になりました。




日本の伝統文様を継承し活用する会より引用

視覚デザイン研究所・ヨーロッパの文様辞典より 

クリムトの水蛇ですが、写真で分り憎いのですが、注を入れています。
渦巻き、丸紋散し、網目、水草の日本の文様が取り入れられています。


2012/07/02

これは私の ; My First Tin Painting;DVD の作品です。
これは Jansen Art Studio の学習プログラム制作の一環として、
世界中の Heritage デザイナーが一斉に制作したものです。
私は Tin Painting を担当しました。

アメリカと日本で販売しています。
価格は一律25ドルと設定されましたので、¥2625 です。
2作品が収録されています。


AmericanTin Painting Bascket

アメリカのティンペインティングのルーツはイギリスにあります。
少し長い文章になりますが、読んでみて下さい。



;シノワズリー・中国趣味(シノワーとは支那の意);が流行した要因は、
珍奇な文物、異国趣味、優れた品質である中国磁器への興味からでした。

 中国では、10世紀から磁器の生産が始まり、
1600
年代にオランダ東インド会社が、東洋貿易の足掛かりをつくり、
景徳鎮(けいとくちん)窯から染付の中国磁器を、
ヨーロッパへ運び出しました。

ヨーロッパの富裕な階級は、異国情緒あふれる形やデザインに引き寄せられ、
競うように東洋からもたらされた磁器を蒐集しました。
時はルイ14世から15世の絶対王制の頃、後にロココと呼ばれる時代でした。

ベルサイユ宮殿はロココの時代の逸楽と豪奢を背景に、
贅の限りを尽くした装飾が施されていますが、
その中には漆を施した調度品の部屋があり、
また、ベルリンのシャルロッテンブルグ宮殿の「磁器の間」と同様に、
王侯貴族の磁器への熱狂ぶりを伝えています。


 「ロク」とはフランス語で小石や岩のことで、
「ロク」を集めて貝や洞窟のようにあしらったという意味で「ロカーユ」と呼ばれ、
この「ロカーユ」の装飾を多用した時代様式が、
後に「ロココ」と呼ばれるようになりました。

この時代の貝殻の縁取りは「左右非対称」であり、
変化流動し、くねくね動き、CSの曲線を持ち、
ゆらゆら揺れる葉のような捉えどころのないフォルムを特徴にしています。
この装飾が、室内、庭園、絵画、版画のモチーフとして、
おびただしく表現されたのです。


日本では、14世紀頃までは、中国の龍泉窯から青磁を、
16世紀になると景徳鎮窯を中心に染め付け磁器を輸入していました。
中国磁器の需要が多かったので、有田では中国製品のコピーを製造し、
市場の隙間を埋めるような存在でした。
しかし、中国が内戦に入り、
輸出に応じ切れなくなった情報をいち早く鍋島藩が察知し、
伊万里、有田の窯業の整理、統合をはかり窯業を確立します。

1650年〜60年代には、中国製品に勝るとも劣らないほどの技術革新が進み、
1659年からは、オランダ東インド会社との貿易が成立するに至りました。
フランスでは、ルイ1415世の時代です。
この頃のアン女王の時代(1720年代)の後の、
ジョージ1世から3世までのジョージア時代に入ると、
家具ではマホガニーという時代ですが、
トーマス・ティッペンデールという家具職人が登場します。
彼は、マホガニーを素材として、
クイーン・アン風、ゴシック風、ルイ15世風、
中国風の多彩な家具のデザインをしました。

また、シェラトンという家具デザイナーも活躍したので、
この時代をティッペンデール・シェラトンスタイルと称しました。
この頃、中国の内戦により漆の輸入が困難になったヨーロッパでは、
日本から漆を輸入していました。
漆の製品のことをジャパンダとよんでいました。

イギリスのウエールズ地方の Ponty Pool (ポンティープール)という町で、
漆に憧れた貴族の命を受けた職人が、漆によく似た製品を作ることに成功しました。

漆の家具に描かれていたデザインを、
この新しく発明したトレーに描くようになりました。
それは、中国や日本の漆で作られた家具、器物からヒントを得ていました。
シノワズリーの影響を強く受けたものです。
ティッペンデール・スタイルの起こりです。

チッペンデールペインティングの特色は、日本や中国の影響を受け、
バックグラウンドは Black が多く、Gold で描かれ、金箔、螺鈿も含まれ、
豪華に装飾されていました。
ストロークは左右対称ではなく、流れるようなロココの曲線です。
トレーのデザインは時代と共に変遷を遂げます。

フランスでは、ルイ15世の時代に、
ボーンチャイナと呼ばれる磁器を作ることが発明され、
磁器の生産ができるセーブル窯ができ、ドイツではマイセンなどの窯が出来ました。

ヨーロッパではお互いにさまざまな文化が交流し、

イギリスのティッペンデールスタイルは、フランスのフローラルのスタイルに、
また、ロシアではロシアン・ペインティングに変化していきました。
このすべてのルーツはイギリスのポンティープールです。

     これが Tole & Decorative Painting のルーツです。

このようなブリキのトレーに描いた作品を;Tole;と称しました。
   

American Tin Painting Tray


アメリカではヨーロッパから
上陸したTin のペインティングが、
また一段と個性的に変化を
遂げていきます。

これは近い内にBlogで
ご紹介しましょう!

私の制作したこの DVD の中には
このような歴史を
詳しく解説しております。



DVD の表紙です。






先日、ある団体から講演を依頼されたペインターの方から電話を頂きました。
その方の疑問ですが、Tole &  ;Decorative Painting; とは?
一体どの時代から始まったのですか?
また、この言葉は何処から来たのですか?

そのような質問でした。

大雑把に分類すると、我々の描いている絵も、古代から伝わってきた絵も、
すべては同じルーツです。
すべての絵は、; Decorative Painting ; と呼ばれてきました。

Fine Art →ファイン・アートとは
オックスフォードやケンブリッジで教えていた
ジョン・アスキンが創り出した造語です。

「芸術」「美術」「工芸、工芸品」などなどの言葉がたくさんありますが、
概念が普遍ではありません。
それぞれが勝手に言葉を解釈しているようです。

アスキンがこの言葉を使うまでは、
すべての絵は;Decorative Painting ;  と呼ばれていました。



Tole & ; Decorative Painting ; の語源ですが、
これは フランス語のブリキ板 ; Tin : ティンからきています。

これはイングランドから歴史が始まっています。
これについては、今週中に、ページを割いて記述したいと計画しています。

アスキンがこの言葉を使い始めた頃は、
ロココ、ネオ・クラッシックの時期を過ぎ、レージェンシーの時代です。




絵画の歴史ですが、細分化したものもありますが、ここで、大雑把に分類してみました。
絵は紀元前から存在しています。ここでは細分化をできるだけ簡潔にしています。


Gothic ゴシック (およそ1550〜1620)

Renassance ルネッサンス(およそ1600〜1700)

Baroque バロック (およそ1620〜1700)
Rococo ロココ(およそ1695〜1760)

Neo- Classical ネオ・クラッシック(およそ1755〜1805)

Empire エンパイヤー(およそ1799〜1815)

Regency レージェンシー(およそ1812から1830)

Art Nouveau アール・ヌーボー(およそ1900〜1920)


我々がよく使うアカンタスのストロークも、
時代によりその様式が変遷しています。
どの時代をデザインするかで変化します。
時代を知ることも重要な勉強です。